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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1136号 判決

原告 有限会社蛭田研究室

被告 宗教法人神霊教

主文

一  被告は原告に対し金五二〇万円及びこれに対する昭和四六年一二月一九日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の、その余の一を原告の、各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一双方の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金八五六万円及びこれに対する昭和四六年一二月一九日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二双方の主張

一  請求の原因

1  原告は、建築工事の総合設計並びに監理を業とするものであるところ、昭和四六年一〇月一五日、被告との間で、原告を請負人、被告を注文者として次のとおりの請負契約を締結した。

(一) 目的 被告が東京都港区赤坂一丁目一四番九号に建設する神霊教赤坂会堂(以下、本件建物という。)の設計及び監理

(二) 請負代金三、二〇〇万円 「建築家の業務及び報酬規程」に基き、本件設計並びに監理の難易度から、本件建物の工事代金四億円の八パーセントに相当する金額

2  原告は、右契約に基き直ちに設計に着手し、本件建物の基本設計を完了し、さらに実施設計の段階に入つたところ、昭和四六年一二月一八日、被告から前記請負契約を解除する旨の意思表示を受けた。

3  原告は、被告の右解除により次の損害を蒙つた。

(一) 原告が請負つた本件建物の設計監理業務は、(イ)基本設計、(ロ)実施設計、(ハ)監理、の三段階に分れ、基本設計は、〈1〉建築計画の立案、〈2〉基本設計図の作成、〈3〉設計説明書の作成、〈4〉工事費概算書の作成、の四段階に分かれる。そして基本設計のうち基本設計図の作成は書面でされるが、その他は原、被告間の打合せを通じて口頭で説明されるものである。

(二) 原告は、まず「A案」及び「B案」と称する二案の基本設計図を完成し、昭和四六年一〇月一五日これを被告に示したところ、被告から修正意見が出されたので、さらに「C案」から「F案」までの四案の基本設計図を完成し、同年一一月末頃これらを被告に示し、右六案のうちいずれかを選択するように求めていたところ、前記のとおり被告から本件請負契約の解除の意思表示を受けた。したがつて、原告は、右意思表示を受けた時点において、通常であれば二案ないし三案を作成するところ、それに二倍する計六案の基本設計を完了し、さらに実施設計の一部となる設備工事基本設計書までも作成して、被告の最終的な選択あり次第直ちに建築確認申請ができる態勢にあつたものである。

(三) 原告は、右の如く通常の基本設計業務よりも量的に二倍もの仕事をなし、しかも実施設計の段階にまで入つていたのであるから、本件請負業務の三分の一に相当する仕事をしたというべきであり、したがつて、本件請負代金三、二〇〇万円の三分の一に相当する金一、〇五六万円の損害を蒙つたことになる。

4  原告は、昭和四六年一一月二日、被告から、本件請負代金の内金二〇〇万円の支払いを受けた。

5  よつて、被告に対し、民法六四一条により、前記損害金から右受領金を控除した残金八五六万円及びこれに対する解除の意思表示のあつた日の翌日である昭和四六年一二月一九日から右完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

6  かりに民法六一四条による請求が認められないとすれば、被告は、原告が被告に対し前記六案の基本設計図につき選択の申入れをしたのにこれをしなかつたので、原告は本件請負契約を履行することが不能となつた。よつて、被告の責に帰すべき事由により原告の債務が履行不能となつたものであるから、民法五三六条二項により、原告は被告に対し、本件請負代金三、二〇〇万円を請求することができるところ、原告は残余の仕事(本件請負工事の三分の二)を免れたので、右に相当する残工事代金二、一四四万円及び前記受領金二〇〇万円を控除した金八五六万円の支払いを求める。

7  かりに民法五三六条二項による請求が認められないとすれば、原告は、商人であるから、商法五一二条により、被告に対し、原告がその営業として被告のためにした前記業務に対する報酬請求権を有する。しかして、右相当報酬額は、前記により金一、〇五六円が相当であるから、これから前記受領金二〇〇万円を控除した金八五六万円の支払いを求める。

二  答弁

1  請求原因1項(但し、そのうち請負代金の額が定つていた点は除く。)及び第2項の事実は認める。被告は、原告による本件請負契約の債務不履行により同契約を解除したものである。即ち、被告が原告と本件請負業務の打合せをしたのは僅か五回位であり、原告の工事の進度も遅く、被告が原告に対し再三にわたり、本件建物の外形構造について、名古屋市役所の写真を示して、同建物の如く、洋式建築であつても日本式の屋根を置いた形のものを設計してくれるように要求したにも拘らず、原告は右を考慮に入れない構造模型を提示したので、解除した。

2  同第3項のうち原告主張の基本設計図の案を示されたことは否認する

3  同第4項の事実は認める。

4  同第5項以下は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告が、昭和四六年一〇月五日被告から、被告が東京都港区赤坂一丁目一四番九号に建設する神霊教赤坂会堂(本件建物)の設計及び監理を請負つたこと及び右請負契約が同年一二月一八日被告によつて解除されたことは、当事者間において争いがない。

二  以下、本件請負契約が締結される前後から解除されるまでの経過についてみると、証人高橋誠、同中村豊之助の各証言、原告及び被告各代表者本人尋問の結果、原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一ないし第四号証、同第五号証の一ないし八、同第六号証の一ないし五、同第七号証の一ないし九、同第八号証の一ないし六、同第九号証の一ないし九、同第一〇号証の一ないし九、同第一五号証、真正に成立したことについて争いがない同第一七、一八号証をそう合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告代表者蛭田捨太郎は、昭和三三年一級建築事務所として原告会社を創立し、建築設計に従事している建築家であるが、昭和四六年夏頃、訴外西郷吉之助の紹介により同人立会いのもとに当時被告の教祖であつた大塚寛一(昭和四七年五月一八日死亡)と会い、本件建物の設計・監理を依頼された。その際、大塚寛一は、原告代表者が長年耐震性建築の研究をして来た実績に注目して、とくに耐震性に留意した構造の建物の設計を注文したが、被告の教母大塚国恵(現代表者)から主として、本件建物の外観につき、愛知県庁の建物(甲第一七号証は同建物の写真である。)にあるような日本式の屋根型にするように注文があつた。原告代表者は、本件建物の敷地を見分し、附近にアメリカ大使館があるなどの良好な立地条件や、紹介者の西郷吉之助の言により相当に大規模な建築計画である見込みのもとに、その実施に意欲をもち、原告所員を動員して、本件建物の設計図案の作成に着手した。

2  原告代表者は、同年一〇月一五日、被告教祖大塚国一と本件請負契約の契約書(甲第一号証)を作成することになり、都内青葉台にある神霊教東京支部において会合した。原告代表者は、原告においてその時までに本件建物の設計図案としてA案とB案の二案を作成して、これを持参した。A案(甲第五号証の一ないし八)は、地下二階、地上四階建の屋根を大社風にしたもので、各階の平面図六枚、建物全体の断面図一枚及び建物の外観図(スケッチ)一枚から成るものであり、B案(甲第六号証の一ないし五)は、地下二階、地下六階建の、外観をやや日本式城廓に模した六層屋根の構造にしたものと、ビル様式の躯体上に日本式城廓の平守閣を置き、これに一、二層の社殿風の屋根を配した構造のものと、ビル様式の躯体上に梯形状の屋根を置き躯体側面に日の丸を画き、その下にローマ字で「神霊」と配した構造のものとの三案を示したもので、その立面図(側面図と正面図からなる)三枚及び各階の平面図二枚から成るものである。

3  原告代表者は、前同日被告教祖大塚国一との間で本件建物の設計、監理の請負契約書(甲第一号証)を作成し、その際、前記A案及びB案の二案を示し、右設計図に基く建物を建築した場合、総建坪は約千坪となり、坪当りの工事費を約五〇万円と見積り総工事費は約五億円を要するとして、原告の請負代金はその八パーセントに相当する四、〇〇〇万円になることを説明し、同教祖から右金額の一割に相当する額面四〇〇万円の小切手を受取つた。そして、原告は、その間他の事務所に依頼して、B案に基き、建物の電気設備、給排水衛生設備、空気調和設備等の設備計画案(甲第三号証)を立案していた。

4  原告代表者は、右会合において、被告教祖からA案及びB案についてさらに愛知県庁を参考にしてそれに近い構造の建築設計図を作るように要望され、同教祖が希望する外観をスケツチして見せたので、それに基き、さらに設計図を練り直すことになつた。被告は、原告事務所に、愛知県庁の建物の写真を送付して参考にすることを求めた。

5  被告教祖大塚国一は、神霊教信者の訴外高橋誠から本件請負工事代金を出来高払いにする方が良いと奨められ、銀行に対し原告に渡した小切手の支払いをしないように申入れた後、信者からの寄附金でもつて本件建物を建築するところから、その総工費を四億円程度に止めたい意向のもとに、高橋誠に依頼して原告代表者と本件請負業務の報酬についてその値下げを交渉させた。

原告代表者は、総工事費が最低四億円を下らないと考えたが、一応四億円と見込み、高橋誠に対し、本件請負の報酬金をその八パーセントに相当する金三、二〇〇万円とすることを伝えた。そして、高橋誠は、同年一一月二日被告教祖の依頼により、現金二〇〇万円を持参し、原告代表者に対しこれを本件請負報酬金の内金として支払つた。

6  原告代表者は、右の前後頃までに、原告事務所やその他の建築事務所の援助を得て、さらにC案、D案及びE案の三案の設計図案を作成した。C案(甲第七号証の一ないし九)は、地下一階、地上六階建の外観を二階からの上部を梯形状の立体(ややソフト帽子状に似たもの)にしたものでその立面図一枚、四階を除く各階の平面図六枚及び断面図一枚から成るものであり、D案(甲第八号証の一ないし八)は、地下二階、地上五階建の、外観を二階からの上部を甲第一七号証の写真に見られる愛知県庁に似せた形のもので、その外観図(スケツチ)一枚、建物の断面図一枚、各階の平面図三枚及び立面図一枚、から成るものであり、E案(甲第九号証の一ないし九)は、地下三階、地上四階建の、外観を四層屋根を配した日本式城廓風にしたものでその立面図二面及び各階の平面図七枚から成るものである。原告代表者は、被告教祖に右三案を示したところ、同教祖からいずれも難色を示され、重ねて愛知県庁と同じ形の屋根を建物の上に乗せた設計にして欲しい旨の申入れを受けたので、同年一一月中句頃名古屋市に行き愛知県庁の建物を見分してから、さらにF案を作成し、従来のA案からD案とともにこれを被告教祖に示して、その六案のうちからいずれかを選択するように申入れた。F案(甲第一〇号証の一ないし九)は、地下三階、地上四階建の、外観を三階までの部分を梯形状にし(その正面の壁面に「神霊教」の字を配してある。)、その上に愛知県庁の建物にあるのと同じ形の屋根を乗せた構造にしたもので、その建物全体の透視図、立面図各一枚及び平面図一枚から成るものである。そして原告代表者は、F案作成の頃、F案を基準にした工事予算書(甲第四号証)を作成した(原告代表者本人尋問の結果中には、右甲第四号証は、昭和四六年一〇月二〇日前後に作成したものであるとの供述があるが、甲第四号証に「建築延面積はF案による」と記載されることに照らして、記憶違いと思われる。)。

7  しかしながら、被告教祖大塚寛一は、なおも原告代表者提示のいずれの案に対しても、とくにその建物の外観について不満であり、かつ、同年一二月上旬頃、原告代表者が訪ねて来て、前記C案(被告代表者本人尋問の結果中にある山高帽の建物はC案の建物を指示しているものと思われる。)の模型を持参してこれを奨めるような態度を示したようなことがあつたことから、その直後、紹介者の西郷吉之助に対し、原告代表者が同教祖の気に入る設計図を作らず、かつ設計を依頼してから相当期間が経過しているのに、いまだ建物の外観も決つていない状態にあることを理由に原告との本件請負契約を解除するように申入れ、同月一八日原告に対し右解除の意思表示をなすに至つた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  右認定によれば、原告代表者は、被告教祖の大塚寛一の希望に添い、耐震構造の建物を基本にして外観を日本風にしたものを立案して設計図案にし、さらに被告教祖及び教母の希望により愛知県庁の建物にあるのと同じ形の屋根を置いたものそのほかの形の外観のものを立案して、これらを同教祖らに示したが、その容れるところにならず、結局被告から本件請負契約を解除されるに至つたことが認められる。ところで、通常建物の設計は、建築主の建物の階数、間取り、外観についての希望ないし意見を最大限に考慮すべき性質のものであるが、本件の如き宗教上の建物は、とくに建物の象徴となるべきその外観について建築主が最終的に選択してこれを決すべき要素の強いものであるから、建築家は出来得る限り建築主の希望に添つて建築設計すべき義務があるが、反面又建築について、建築基準法に定められた建ぺい率、容積率、斜線制限等の制約があり、建築主と雖も設計者のかかる法的に規制された基準に準拠しつつ、しかもなお設計者の専門的な技術を尊重してその仕事を協力すべき義務があると言わねばならない。そうすると、本件のような請負契約の遂行は、建築設計者と建築主の前記双方の義務が密接不可分に結びついてその円滑な相互協力のもとになされるものと言うべきであるから、前記認定の経過並びに原告代表者が提案したA案からF案の内容に鑑み判断するならば、本件建物の建築設計者たる原告代表者は、建築主の被告教祖の希望に基きそれに添つた設計図の作成に努力していたものと認定するのが相当であるから、被告が希望する外観の建築設計図を作成しないとする被告主張のような債務不履行はないと言うべきである。

四  そうしてみると、被告は、その都合により本件請負契約を解除したものと推認されるから、民法六四一条に従い、被告は原告に対しその蒙つた損害を賠償する義務がある。以下、原告の蒙つた損害についてみるに、原告は、本件請負契約を履行したならば、被告に対しその報酬を請求することができるが、被告が本件請負契約を解除したことにより右報酬請求権を失い同額の損害を蒙つたことになるから、本来ならば右を損害として請求できる筋合いであるが、右解除により原告は、解除後の残工事を履行すべき義務を免れたことになるから、公平の原則上右残工事相当分の報酬を控除すべきである。そうすると結局、原告は被告に対し、本件請負契約の解除に至るまでにした工事に相当する報酬分を損害として請求できると解するのが相当である。

1  原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、被告は、原告に対し、本件請負契約の工事設計監理業務の設計監理料として「建築家の業務及び報酬規程」により支払うことを約束したことが認められる。

2  弁論の全趣旨により真正に成立し、かつその表題により社団法人日本建築家協会制定にかかる「建築家の業務及び報酬規程」と認められる甲第二号証によれば、

(一)  建築家の行う設計監理業務は、基本設計、実施設計及び監理の順によつて行なわれる。

(二)  基本設計とは、建築主の意図するものを組織だて、建築の価値と効用を実現するための基本計画をたてる業務の段階であり、建築計画の立案、基本設計図の作成設計説明書の作成及び工事費概算書の作成の各業務より成る。

(三)  実施設計とは、基本設計図に基いて詳細な設計を進め、工事の実施に必要であり、また工事施工者が工事費内訳明細書を作るため必要で充分な設計図を作成することをいい、実施設計図の作成、仕様書の作成、工事費予算書の作成及び建築基準法に基く建築確認申請手続への協力の各業務より成る。

(四)  監理とは、工事契約の締結に協力し、建築家の設計意図を実現させ、工事の施工が契約に合致するよう工事施工者を指導することをいい、工事契約に関する協力、建築詳細図の作成、施工図等の検査及び承認、工事の指導、現場監督員の指導、変更工事の処理並びに中間及び最終支払いの承認、の各業務より成る

ことが認められる。

3  鑑定人宮谷重雄の鑑定結果及び証人宮谷重雄の証言によれば、

(一)  建築家は、通常、「建築計画の立案」と「基本設計図の作成」の各業務を平行して処理する。建築家は、建築主の口頭による説明からその設計意図を汲み取り、法律的、技術的な調査をした上で、通常は互に発想が異なる二種類程度の案につき、それぞれ透視図、平面図、立面図及び断面図を作成してこれを建築主に示し、同時に建築主に対し設計の内容を説明する。

(二)  基本設計の一内容とされる「設計説明書の作成」は、殆ど口頭による説明でされ、特別な書面が作成されることはない。そして、右の口頭による説明は、案の選択の時及び選択後平面図等の補足のための打合せの時にされる。原告は一応甲第三号証(設備工事計画書)を作成しているので、これは最終案が確定すると、流用できるものである。

(三)  基本設計の一内容とされる「工事費概算書の作成」は一般に、建築家は建築主の予算に見合う設計を行うものであるから、基本設計段階での工事費概算は、当事者間である程度了解済みであり、特に詳細なものを求められない限り、その内容は極めて簡単であり、甲第四号証(神霊教赤坂会堂新築工事予算書)は基本設計にいう「工事費概算書」に該当する。

(四)  基本設計業務の進行程度は、建物の構造、機能、外観を基本的に示す図面が作成されているか否かによつて定まり、基本設計業務が完了していると言えるためには、建築物の基本的構想を示す図面(平面図等)が作成されており、さらにそれらの図面が直ちに実施設計に移行できる程度に準備されていることが必要である。ところで、原告代表者が本件建物の建築設計図として、被告に示したA案ないしF案の各平面図、立面図及び断面図は、建築主による案の選択前に通常作成される平面図、立面図及び断面図に比べ極めて詳細に作成されており、基本設計で要求される平面図、立面図及び断面図の様式を具備しているといえる。しかしながら、いずれの案も直ちに実施設計に移行できる状態にあるとはいえない。蓋し、本件各案が、まだ建築主に選択されていないため、そのうちの一案が選択されても、なお建築主の注文があればその注文を聞き、それに建築家の意見を入れて図面を訂正、補修し、さらに建築主と折衝して基本設計図を完成する作業が残されているからである。

(五)  以上の経過に基き判断すると、前記「建築家の業務及び報酬規程」が定める設計監理業務のうち「基本設計」の業務を八〇パーセント以上終了しているものと判定する。

以上のとおり鑑定することが認められる。

4  鑑定人川村敏夫の鑑定結果及び証人川村敏夫の証言によれば、

(一)  基本設計にいう建築計画の立案、基本設計図の作成、設計説明書の作成及び工事費概算書の作成は、右の順序に従つて進められ、各別に行うことはできないものである。

(二)  まず建築家は、建築主と打合せをして、建物の平面、立面などについての形状、各階及び室の割振り及び大きさについて研究を重ね、通常複数案を提示し、さらに折衝を重ねて案を収斂させて、基本設計図作成のもとになる決定案を作成し-これが建築計画の立案である-、この決定案に基いて基本設計図、即ち実施設計図を起せる図面を作成する。基本設計図は、配置図から断面図までの概略の構造計画、意匠を示す内外仕上表その他実施さるべき建物のすべてをほぼ決定する設計図である。建築家は、基本設計図を作成すると、これを文章で具体的に、説明した設計説明書を作成する。これには、敷地の状況、環境、建物の用途その他法律などの観点から、建築主と合意するに至つた建築計画の技術的構想及び方針の説明、さらに平面、立面、構造、設備等の全般にわたつて各室の面積、立面、構造及びその材料、意匠仕上、電気、給排水、空調、エレベーター、電話、放送等設備関係の機能等の説明がされ、その他に概略の完成時期を計画する工事工程表等が付加される。

そして次に、建築家は基本設計図及び設計説明書に基いて工事費概算書を作成する。

(三)  これを本件についてみると、原告が被告に提示したA案ないしF案は、建築計画の立案に該当し、いまだ基本設計図作成のもとになる決定案を出すまでには至つていない。したがつて、基本設計図が確定していないから、設計説明書及び工事費概算書が作成される段階に至つておらない。甲第三号証は、設備だけについてのものであるから、工事説明書としても一部のみであり、参考となり得ても設計説明書ではない。甲第四号証も同じく、参考となり得ても、工事費概算書ではない。

(四)  基本設計業務は、前前の四つの業務から成るが、そのうち「建築計画の立案」の比重が最も大きく、基本設計全体に対し六〇パーセントの割合を占める。そして、原告が本件においてした業務は複数案を提示した段階であるから、「その出来高は建築計画の立案」に対し六〇パーセントに該当する。したがつて、原告の本件においてした業務の出来高は、基本設計全体に対し三六パーセントの割合に相当すると判定する。

以上のとおり鑑定されていることが認められる。

5  前記第二項において認定した事実並びに右宮谷及び川村両鑑定をそう合して考察すると、原告は被告に対し本件建物の設計案として、A案からF案までの六案を提示したが、被告がそのうちの一案を基本設計案として選択するに至らず、したがつて基本設計図の作成に至つていないこと、その意味においては前記「建築家の業務及び報酬規程」にいう「建築計画の立案」の段階であるが、原告代表者は、被告教祖と本件建物の建築設計の立案のため数度の打合せをなし、同教祖の希望を聞き、F案においては同教祖の本件建物の外観に関する希望を充分尊重した設計をしたものと認められるので、「建築計画の立案」段階においても最終の過程にあつたと判断するのが相当であること、「建築計画の立案」は基本設計業務の中で最も重要な業務であること、最終的な基本設計案が確定すると、原告が提示したA案ないしF案は、相当に詳細なものであり、かつ、基本設計図で要求される様式の図面も含まれているから、その後の基本設計図の作成は比較的容易であること、さらに基本設計図が作成されると、それに基き設計説明書及び工事費概算説明書を作成することは、前記「建築家の業務及び報酬規程」において定めるところであるから、前記宮谷鑑定及び同証言のようにこれを口頭の説明で行うのが業界の通常であるからといつて、これを全く不問に付することは、本件の如く前記「建築家の業務及び報酬規程」に準拠して報酬額を算定しようとする場合においては妥当を欠くと考えられること、しかしながら、右設計説明書及び工事費概算説明書の作成は、「建築計画の立案」及び「基本設計図の作成」に比較してさ程労力を要しないと思われること、以上の諸点をそう合して判断するならば、原告が本件請負契約の履行とした業務の出来高は、ほぼ宮谷鑑定にしたがつた上、前記の考慮のもとに基本設計業務の七五パーセント相当のものと認定するのが相当である。

その意味において、川村鑑定による右出来高三六パーセント相当のものとする鑑定結果は採用できない。

五  そうすると、前記「建築家の業務及び報酬規程」(甲第三号証)によると、基本設計のみを行う時は、報酬総額の三〇パーセントの報酬を受けると定められているので、前記認定によれば、原告と被告との間で、本件請負契約の報酬額は一応三、二〇〇万円と約束されているので、その七五パーセントに相当する金額は金七二〇万円となる。

六  以上の次第であるから、原告は、被告に対し、本件請負契約の履行としてした業務に相当する報酬分七二〇万円を損害として請求できるところ、すでに二〇〇万円の支払いを受けていることは前記のとおりであるから、右を控除した残金五二〇万円及びこれに対する本件請負契約解除の日の翌月である昭和四六年一二月一九日から右完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度において理由がありこれを正当として認容するが、その余は理由がなくこれを失当として棄却することとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上村多平)

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